江良潤・一人芝居「天の魚」
俳優・江良潤が1990年、創立メンバーの一人として立ち上げた「劇団 風の街」。現在、一人残る江良はライフワークとして「一人芝居『天の魚』」の全国公演に取り組んでいます。
「天の魚」はもともと、砂田明氏が亡くなる直前まで上演していたもの。原作は石牟礼道子氏の名著『苦海浄土』で、「公害の原点」といわれる水俣病の悲惨と人間の尊厳を描き、読者の心に深く訴えかけます。俳優・江良潤は、いまに続くその不条理の世界を一人でも多くの人々に伝えたいと、砂田氏の遺志を継ぐ形で公演活動を続けてきました。
弊社は2019年から、劇団の事務局として、江良のそうした真摯な取り組みを支援。同年秋には、東京・練馬区上石神井の古民家「おかっぱちゃんハウス」で、弊社主催の第一回公演を行いました。
水俣病の公式確認から70年を迎えた今年は、トップページでご紹介させていただいた通り、11月に所沢の「図書喫茶カンタカ」で連続公演を行うことが決まりました。演者の息づかいがそのまま観客の皆様に伝わるような小さな空間ですが、私たちの熱い思いを込めた、手づくりの舞台をお届けしたいと思っています。ご来場を、心よりお待ちしております。
●若い世代の方々にも本当に観ていただきたい作品なので、学校をはじめとした教育機関などへの「出張公演」のご要望も受け賜わっています。ぜひ、お声がけいただければ幸いです。
主演・江良潤/原作・石牟礼道子(『苦海浄土』より)/脚色・砂田明/演出・北岡清治
【物語】
お遍路姿の老人(江津野老)が一人、ご詠歌を静かに唱えながら登場する。
【背景】ここは熊本県南部にある水俣湾。その海岸沿いの村々に原因不明の奇病が流行していた。
全身の神経が侵され思うように動けなくなり、手足が歪み、立てなくなって死ぬ。のちに「水俣病」と名付けられた公害病。近くの化学工場が、水俣湾に垂れ流した水銀系の有毒物質が原因だった。
しかし企業も行政も政府も、その事実を認めないまま汚染は進行し、やがてその地域には先天的に体や脳に重い障害を持つ子どもたちが生まれてきた。
【ストーリー1】老人の孫で「杢(もく:杢太郎)」と呼ばれる9歳の少年も、その一人である。
老人が、わが家に「あねさん」を案内する。『苦海浄土』の原作者で、水俣病患者やその家族の話を聞いてまわっていた作家の石牟礼道子である。老人が酒を飲みつつ一人語りするのを、「あねさん」は静かにじっと聞いている。
孫の胎児性水俣病患者「杢」のこと、やはり水俣病の症状のある息子・清人のこと、実家に帰ってしまった清人の嫁で、「杢」の母さち子のこと。水俣病のためにバラバラになった家族を嘆き、自分の死後に残された孫の将来を心配している。
「あねさん、こん、杢のやつこそ仏さんでございますばい」
「いかにも悲しかような眸(めえ)ば青々とさせて、わしどめにゃ見えんところば、一人でいつまっでん見入っとる」
【ストーリー2】老人の話は、自分の若かった時代へと移ってゆく。水俣に「会社」ができた。おかげで町が発展すると聞いて、天草から移住してきた。貧しいけれど楽しかった昔の暮らし。
「魚は天のくれらすもんでござす」
汚染される前の美しく豊かだった水俣の海。酔いが回っきた老人はついに寝転んで、舟を操っていた頃の幻の中にいるらしい。
唐突に、老人は〝からゆきさん〟の話を始める。天草の貧しい村では売春婦として東南アジアへ売られる娘が多かった。
「せめてなら、まちっと早う会社の出来とれば、村の人間も唐天竺までも売られてゆかんでもよかったろに」
【ストーリー3】新時代の化学会社。技術文明の恵みと繁栄をもたらし、貧しさから人々を救ってくれるはずだった。それが水俣病という苦しみを垂れ流し、その原因すら明かにしようとしないとは――。老人はもう一度昔の海を懐かしむ。そして、やおら立ち上がって宣言する。
「今日ただいまより、わしどま国家権力に対して立ち向かうごとなり申した」
●石牟礼道子著『苦海浄土』について チッソ水俣工場の廃水に含まれる有機水銀によって引き起こされた水俣病を題材にした、石牟礼道子の代表作。1969年、講談社刊。作者である「わたくし」の視点と、患者や家族による一人語り、公式記録をジャーナリスティックに記述した文章など様々な文体を駆使して、水俣病の残酷さを浮き彫りにし、人間の尊厳とは何かを問う重厚な作品として今なお、輝きを放っている。
◇江良 潤プロフィール◇
1950年、北海道岩見沢市に生まれる。69年、俳優小劇場付属養成所入所のため上京、井上ひさしに憧れてテアトルエコーに入団したが、同氏の退団にともない同劇団から離れる。74年、渋谷パルコ劇場のこけら落とし公演・井上ひさし作「天保12年のシェイクスピア」に出演。76年、別役実作品を上演していた「劇団 ナック」に参加。78年、渋谷ジャンジャンの十時劇場で、別役作品「ポンコツ車と五人の紳士」を週一回、一年間上演する。79年、別役が劇団のために書き下ろした作品「小さな家と五人の紳士」を上演。85年、「劇団 ナック」解散。90年、「劇団 風の街」を設立、主に二口剛作品を上演する。93年、映画監督・熊谷勲の作品を上演。このとき、演出に岡村春彦を迎える。96年、既存の劇場から離れ、古民家の空間を使う演劇を始める。熊谷作「風のレジェンド」を、ニューヨークでプレミア上演。それを機に海外公演をめざすが、言葉の壁を乗り越えられず、国内公演に戻り、現在に至る。
テレビには1992年から出演を始め、主な作品はNHK朝ドラ「すずらん」「ウェル亀」、フジテレビ「コーチ」「こんな恋のはなし」、NHK教育テレビ「あいうえお」、NHKラジオドラマ「古事記」、NHK大河ドラマ「義経」「江」「軍師官兵衛」など。また、映画にも、山田洋二監督「学校Ⅲ」など多くの作品に出演している。
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